
2026年5月14日放送の「徹子の部屋」に小林旭が出ました。今年88歳になるそうです。
4歳で劇団東童に入り、小学校1年生のとき三越劇場で初舞台を踏む。高等学校在学中にプロデューサーの茂木了次に声をかけられ日活のエキストラとなる。昭和30年に高校卒業、明治大学文学部に進むも中退。エキストラをしながら昭和31年の第3期日活ニューフェイスに合格し、同年10月封切りの川島雄三監督映画『飢える魂』で正式にデビューした。(以上はWIkipediaから)

子役で出演していたとか、石原裕次郎との交流とかの話で盛り上がりましたが、美空ひばりとの短かった結婚生活についても言及。

ナイスガイ(小林旭)が昭和の歌姫(美空ひばり)と知り合うキッカケは雑誌での対談だったそうです。昭和30年代は『平凡』とか『明星』などの月刊誌、あるいは週刊誌が花盛りでした。そんな中で人気役者のファン投票があり、男優では小林旭が、女優では美空ひばりがトップで選ばれたといいます。二人とも歌う役者という共通点がありました。

この対談で、ひばりは「あなた恋人はいるの?」と質問したそうです。当時、小林旭には付き合っている女性がいました。浅丘ルリ子です。
それなのに彼は「いません」と答えたといいます。それから美空ひばりのアタックが始まりました。銀座とかで呑んでいると、そこに電話がかかってきて「今からうちに来ない?」という話になり、駆けつけたそうです。
ひばりの所へ行くと、テーブルの真ん中の席が空いており、そこに座らされました。昭和37年のことです。ということは、磯子の間坂にあった、いわゆる「ひばり御殿」でしょうか。徹子さんがそこまで聞かなかったので分かりませんが……
そこから2人の交際が始まりました。そのうちに、ひばりは小林旭のことをダーリンと呼ぶようになったそうです。そして5月29日に婚約発表、11月5日、日活国際ホテルで挙式と進みます。
この結婚を機に彼女は「ひばり御殿」を出て、ナイスガイとの二人だけの生活に入りましたが、約1年半でそれも解消。その後、ひばりは独身のまま歌にお芝居にと活躍します。
平成元(1989)3月23日、呼吸器系の療養専念のため、歌手業を含めた芸能活動の年内休止を発表。同年5月29日にひばりは入院先の病室で52歳の誕生日を迎えました。
そして6月13日、呼吸困難を起こして重態に陥り、人工呼吸器がつけられ6月24日に逝去されました。美空ひばりの寿司屋「美之寿司」で働いていた鶴田理一郎さんは、この6月13日が自分にとっての「ひばり命日」だと思っていると話しています。

「徹子の部屋」では、最後に小林旭が歌う「自動車ショー歌」が披露されました。といっても今回の出演で歌ったのではなく、2011年に放送した同番組の映像でしたが。2011年ならこの時は73歳でしょう。張りのある声はまだまだ大丈夫だったので、今でもこのように歌えるのではないかと思いました。
彼の唄う「動車ショー歌」を貼り付けておきますので、興味ある方はお聴きください。
www.youtube.com
♪ あの娘をペット(トヨペット)にしたくって、ニッサン(日産)するのはパッカード(米高級車)
♪ 骨のずいまで シボレー(シボレー)で、あとでひじてつ(肘鉄)クラウン(トヨペット・クラウン)さ
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最後に美空ひばりが初舞台を踏んだ「旧杉田劇場」の名称を受け継いでいる「磯子区民文化センター杉田劇場」で行われる公演の情報も載せておきます。
6月21日(日)芸能活動80周年記念~美空ひばり 生誕の地「杉劇ひばりの日」
わが心の美空ひばり トーク & コンサート
6月24日(水)「杉劇ひばりの日」 関連企画 美空ひばり初舞台から80年
横浜マンドリンクラブ演奏会