月刊『中華街』昭和48年5月号から

月刊『中華街』。昭和48年5月号から一部抜粋したもの。
 これは連載・「中華街史実録⑤ 横浜中華街の盛衰」
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 「金陵」の主人、簡蘇梅さんにインタビューしてまとめた記事で、中華街の盛衰を簡単にまとめている。
 簡さんが来日したのは関東大震災の直後だというが、本当なのかな……。中華街の建物は煉瓦造りだったため壊滅状態だったはず。どこか郊外の町にでも入ったのか……。
 その後、中華街は煉瓦造をやめて、木造建築にしたのだが、昭和20年5月29日の焼夷弾による横浜大空襲によって、再び壊滅された。煉瓦ではなく木造だったのが災いした。

 昭和15年頃の中華街にあった店は、「金陵」の他に「平安楼」、「安楽園」、「聘珍楼」、「成昌楼」、「鴻昌」、「永楽軒」くらいだったという。

 戦時中は馬肉や鯨肉を使った酢豚があったそうだ。これは現代でも食べてみたいと思う。
 

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